TOP > 弁護士法人SOLA法律事務所 日記 > プット・オプション売り取引の危険性
皆さんは,金融商品の一つであるオプションについて,どのくらいご存知だろうか。 オプションとは,目的物を,一定期間後の満期日か,一定の条件が満たされた時点で特定の価格(権利行使価格)で買う,もしくは売る権利のことだ。買 う権利のことを「コール・オプション」,売る権利のことを「プット・オプション」という。なお,権利の対価は「プレミアム」と呼ばれている。 今年の3月11日の東日本大震災の発生とそれに引き続く福島原発事故の影響で日経平均株価が急落したことによって,プット・オプション売り取引で信 じられない額の損失を出してしまった者が多数いるという。私の理解によれば,そのカラクリは以下のような感じだ。 プット・オプション取引における目的物(今回のは日経平均株価=日経225)の権利行使価格を6000円代に設定する「ディープOTM(アウト・オ ブ・ザ・マネー)」では,東日本大震災が発生する前の日経平均株価が10000円程度で推移していたから,短期間に日経平均株価が7000円以下になるこ とが期待できない状況だということで,満期日が1~2ヶ月先に設定されているショート・オプション1権利のプレミアムは5円ほどであった。 満期日に日経平均株価が権利行使価格以下になっていなければ,オプションを行使する者など誰もいないので,売り手はオプションを0円で買い戻し,プ レミアムの分の利益を確定することができる。株価が変動しなければ,満期日に近づけば近づくほどプレミアムは下がっていくから,満期日より前に買い戻して 売ったときとの差額分の利益を確定することもできる。 したがって,株価が暴落することさえなければ,ディープOTMのショート・プット・オプションの売り手は,利益を獲得し続けることになる。1権利あ たりの利益は確かに少ないが,証券会社に証拠金を預けておけばその数倍の取引をすることができるので,一度に数万権利を取引すれば,数万円の利益を獲得す ることも可能だという訳だ。このような売り手の戦略は,低リスクで利益を得られる方法だと思われるかもしれないが,万が一,株価が暴落した場合,プレミア ムが売ったときの額を大きく上回るというリスクを抱えている。 損失がとんでもない額になってしまうカラクリは,証券会社との契約で設けられている「強制ロスカット」というシステムにある。強制ロスカットとは, 一定割合以上の損失が発生した場合,トレーダーの意思とは無関係に決済して損失を確定させ,トレーダーの損失を食い止めてくれるというものだ。強制ロス カットを防ぐためには,損失をカバーできる程度の証拠金を上積みしなければならず,これを「追い証」と呼んでいる。 今回,東日本大震災の関係で日経平均株価が急落したことで,ディープOTMのショート・プッ ト・オプションのプレミアムが成行注文ではありえない額に跳ね上がってしまったようだ。そこで,強制ロスカットのシステムが発動し,売り手はとんでもない 高額の追い証を上積みするか,成行注文ではありえない高額での決済(買戻し)を強いられることになった。3月15日での買戻し価格は1権利あたり500円 を超えていたとのことで,数万権利を取引していた者は,強制買戻しにより1000万円以上の損失が確定してしまったという訳だ。 破産法では,252条1項4号において「浪費又は賭博その他の射幸行為をしたことによって著しく財産を減少させ,又は過大な債務を負担したこと」を 免責不許可事由として挙げており,投資によって多額の損失を受けた者は,原則として,破産手続きを申立てても,免責が許可されないということになる。 但し,破産法252条2項では,1項に掲げる事由に該当する場合であっても,裁判所は,破産手続開始の決定に至った経緯その他一切の事情を考慮して 免責を許可することが出来ることになっているから,上記のような経緯でとんでもない額の損失が出た場合は,投資の頻度や目的も考慮されるであろうが,強制 ロスカットのシステムにも問題があるということで,免責を許可してもらえるのではないだろうか。 弁護士 横尾和也